2012年06月19日
初心者向けに『文楽鑑賞教室』が開催されている。覗いてみると…
◆焼き殺されても男ゆえ、少しも厭わぬ大事ない
通常の公演の客層は幅広いが、『鑑賞教室』はやはり特徴的だ。
小学生の集団、高校生(後で専門学校生と判明)が、開演前のロビーに犇めいていた。会場に入ると外国からの客も目に付いた。私の一列前は全員、外国人だった。
そんな初心者?向けの演目は、『伊達娘恋緋鹿子』(だてむすめこいのひがのこ)で幕を開けた。
ご存じ、八百屋お七が主人公だ。井原西鶴の『好色五人女』の一人として有名になったお七は、実在の人物。恋する男に会うために、火をつけた罪で火あぶりの刑に処せられる。
情熱的で恋に一途なお七は、火あぶりという非業の死によってさらに印象深く、人々の心に残るヒロインになった。
史実では火つけをしたというところ、舞台では半鐘を叩いて門を開けさせた、と脚色したことで『火見櫓の段』(ひのみやぐらのだん)という見せ場ができた。まさに脚色・演出の妙というべきだろう。
さてその『火見櫓の段』。幕が開くと、舞台中央に火見櫓。夜の背景に雪がちらつくモノトーンの世界。そこに登場する町娘:お七の赤と水色の振袖に赤のだらり帯という艶やかさを強く印象付ける。
お七が火見櫓に上って半鐘を鳴らすことを思いついた後、髪を振り乱し、片袖を脱ぎ、さらにもう片袖と上半身真っ赤な襦袢姿となって、熱い思いが噴出するような出で立ちに。鼓や拍子木がアップテンポで打ち鳴らされ、お七の逸る心、強い思いを伝える。髷をほどいた髪を振り回しながら、火見櫓に近づく姿に魅了され、いつしかお七になっている自分がいる。
そして櫓への梯子に手をかけて・・・。ここからが、もうひとつの見せ場。人形使いの姿は消え、人形が一人で梯子を上る様子に驚きの拍手が起こる(実は櫓の裏から人形遣いが動かしているのだが)。
櫓の上で半鐘を鳴らすお七に迷いはない。
「鐘を打つたるこの身の科、町々小路を引廻され、焼き殺されても男ゆえ、少しも厭はぬ大事ない。思ふ男に別れては所詮生きてはいぬ体、炭にもなれ灰ともなれと、女心の一筋に、帯引締めて裾引上げ、表に駆け出で~」
恋に身を滅ぼす女の哀れさよりも強さが心を打ち、見る方も高ぶる気持ちのままに幕となる。
◆好色五人女とは
http://bit.ly/KgQFJE
◆観客が舞台に上がり人形を遣う実演も!
『伊達娘恋緋鹿子・火見櫓の段』は短い演目だし、小学生にも人形の動きだけでも十分惹きつけるものがあったのではないだろうか。情熱的なお七に圧倒された後、舞台では文楽についての解説が始まる。太夫、三味線、人形遣い、それぞれの役割が紹介される。
「色男と、若い娘、不細工な敵役では、登場の際の語り口調も三味線もこんなに違う」と、実際に語りと演奏を比べてみせたりと、わかりやすく興味深い。
会場が一番沸いたのは、客席から選ばれた専門学校の女生徒三人が、人形を遣う体験をする場面だ。
人形遣いが遣うと堂々とした武士が、初めて持つ女生徒の手にかかるとへっぴり腰の弱そうな侍に。観客一同、大笑いしながら、
人形を生かすことの難しさを知ったのだった。
◆最後は、三大時代物のひとつで占める
解説の後は、時代物の『菅原伝授手習鑑』(すがわらでんじゅてならいかがみ)が上演される。『菅原伝授~』は、『義経千本桜』(よしつねせんぼんざくら)『仮名手本 忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』と共に三大時代物とされる名作だ。
その中で『寺子屋』のシーンが選ばれたのは、やはり小学生などの対象を考えたからだろうか。ただし、新参の寺小屋入りの子が、菅原道真の子息の身代わりとなるストーリーは、子どもたちにどう受け止められるのだろう? 引率の先生たちのフォローも重要だと思った。
文楽鑑賞教室は10時30分の開演から、短い休憩をはさんで1時に終了。子どもたちは総じて大人しく鑑賞していて、パンフレットは絵解きが多いせいか、席で熱心に読んでいる子も見られた。
◆菅原伝授手習鑑とは
平安時代の菅原道真失脚事件と彼の周囲の人々の生き様を描く人気の演目 。
文楽はユネスコの無形文化遺産に登録された、世界が注目する
舞台芸術。誕生の地、大阪で身近に接することのできる幸せを、より多くの人に体験して欲しいと思う。
『文楽鑑賞教室』(6月8日~21日)は、解説付きでわかりやすいので、初文楽の機会としては、おすすめだ。
そして夏休み特別公演(7月21日~8月7日)のサマーレイトショーでは、近松門左衛門の名作『曽根崎心中』(そねざきしんじゅう)が上演される。
今回は、サマーレイトショーの間の休憩をなくして、帰りの時間を気にする人に配慮した上演時間になっている。大人気の心中物を見る絶好の機会と言えそうだ。
国立文楽劇場
http://www.ntj.jac.go.jp/bunraku.html