2013年03月26日
芝居好きなら、一度は舞台に立って役者気分を味わいたい。そんな願いがかなうイベントが京都南座で開催中。阿国歌舞伎発祥四百十年を記念しての「春の特別舞台体験」。えっ、花道、迫り(セリ)、廻り舞台が体験できる!
こいつぁ~春から,縁起がいぃやぁ!チョン!
◆南座春の特別舞台体験(3月16日~4月16日):http://bit.ly/Wmbg9d
4百年続くエンターテイメントの殿堂
毎年、顔見世を見に訪れる憧れの南座。歌舞伎の発祥と言われる出雲の阿国が四条河原でかぶき踊りをしたのが1603年ごろ。その15年ほど後には京都所司代によって、四条河原に7つの櫓(やぐら→芝居小屋)が許可され、南座もこれを発祥とするようだ。
7つの櫓(やぐら)のうち近年まで残ったのは北と南の二座だが、それも火事で焼失。明治になり二座は復興したが、そのうち北が廃座となり、南座は唯一残る櫓となって今に至る。
約四百年の長きにわたり庶民に歌舞伎という楽しみを提供し続けてきた南座は、国の有形文化財に指定されている。
その南座の舞台を、実際に踏めるのだから、あ~わくわくする。
団十郎の六法を思いながら花道を歩く
11時半からの体験コース※に参加し、まずは舞台から花道を歩く。花道を出たり入ったりするシーンは役者さんにとっての見せ場。まさに花道だ。
最近亡くなった十二代目市川団十郎さんが得意とした『勧進帳』の弁慶が花道を飛び六法を踏むダイナミックな幕切れを(成田屋!の声がかかる)思い浮かべつつ、私も花道を歩かせてもらった。
※体験コースは30分間隔で、1日9回ほど開催されている。
花道の横は役者を間近にできる一等席で、私には高嶺の花。が、これまた最近亡くなった勘三郎さん率いる平成中村座が大阪松竹座で『夏祭浪花鑑』の公演を行ったとき、ラッキーな偶然から花道のすぐ横の席に座ることになった。役者の登場退場を間近に、芝居を大いに楽しんだが、最後がまた圧巻だった。
芝居を終えた役者たちが観客と握手やハイタッチをしながら花道を走り去って行く。花道そばの私たち観客は興奮しつつ花道に押し寄せ、役者に声を掛けながら、刹那の交流を楽しんだのだった。こんな花道の使い方もあったんだなあ。
「花道」の名の由来は諸説あるが、客席からご贔屓(ひいき)の役者に贈る「ご祝儀(ハナ)を置く道」として誕生したからなどとも言われている。能舞台にも「橋掛かり(はしがかり)」という花道に似た機構があるが、こちらは人間界と幽冥界との「橋掛かり=接点」という意味だとか。歌舞伎の花道は、由来の説にもあるように役者と観客の接点を意識して取り入れられた、発想のまったく異なるものだ。客席に分け入るような花道の、役者の見せ場を大いに楽しみたい。
◆歌舞伎入門・楽しみ方
http://www.sen-nen-bi.com/100/105/
廻り舞台、迫り。役者さんは大変です
花道を堪能した後は、舞台に立ってみる。舞台に立ってまず感じるのはライトの眩しさ、暑さだ。実際に、鬘や衣装を着け(役柄によっては大変な重量にも)、動き回る役者さんを考えると、これは大変だ。
先日、クイズ番組に出演の四代目猿之助さんが「昔は芝居は蝋燭の灯りで行った。暗くて良く見えないから、顔を白塗りしたんです。必要からで、好きで塗ったわけじゃないですよ(笑)」と言っていた。
なるほど!今の照明には必要ないかもしれない白塗りだが、様式美として定着し、歌舞伎の魅力の一つになったというわけだ。
舞台にはいろいろな仕掛けがあるが、そのひとつが廻り舞台。たとえば家の外のシーンと中のシーンを、舞台を180度回すことで スピーディに場面転換できるすぐれものの仕掛けだ。体験コースでは私たちが立つ舞台を実際に回してくれる。スタート時とストップ時が危ないので、足を開いて踏ん張るように、係りの人から注意があった。たしかにスタート時、うっかりするとよろけそうだし、見た目より速い速度で回るように感じた。
さらによく使われる仕掛けが迫り(セリ)。舞台にはいくつかの迫りがある(床の一部が四角く切ってあり、そこが上下する)。登場人物が奈落からせり上がって現われたり、大迫りからは建物自体が上がってきたりと、思わず歓声の上がる舞台演出ができる。
これも実際に迫りに立って、せり上がり、せり下がりを体験したが、かなり高低差が出るので、高所恐怖症の私は震えた。
迫りから落ちて大けがされた市川染五郎さんの事故があったが、本当に役者さんは体をはっているんだなあと、実感した次第だ。
‘チョンパッ’体験に、思わず見得切る!
下りてくる緞帳を舞台側から見るのも貴重な体験だった。演じているわけではないのに、緞帳が下りきると、なぜか少しほっとした気分に。緞帳の裏には大きく『火の用心』の文字が浮かんでいた。芝居小屋が何度も火事に見舞われ、焼失した歴史から、この文字が掲げられているそうだ。
最後に、一瞬ではあるけれど、舞台シーンを体感できる粋な演出があった。それが‘チョンパッ’だ。まっくらな舞台が、一瞬で明るく照明が当てられ、そこに用意されたシーンと役者がポーズを取っている印象的な演出。
そういえば、2月に見た片岡愛之助さんによる『新八犬伝』の始まりも、‘チョンパッ’だった。真っ暗な舞台を期待にわくわくしながら見つめる観客。チョンという拍子木の音を合図にパッと照明がつくと、そこは魔界。悪役の崇徳院を演ずる愛之助さんを中央に子分の天狗たちが侍り、あっという間に観客を惹き込む魅力に満ちていた。
その‘チョンパッ’を舞台の役者の視点で体験するわけだ。照明を落とした舞台は、隣の人も見えない暗闇。まるで観客の期待感が押し寄せてくるような闇の中、チョンの合図でパッとつく照明。隣にいた小学生の男の子は、思わず見得を切っていた(笑)。
うん、わかるよ、その気持ち。
こういう舞台の演出ひとつひとつが、照明や音響など、スタッフの息が合って成り立つ、という説明に、最後は、協力してくれた劇場スタッフに拍手を送り、感動の体験ツアーを終えたのだった。
ご存じですか? 蛙の声は貝を使う
舞台体験ツアーは20分ほどのコース。劇場内では、歌舞伎ミュージアムが同時開催されているので、こちらも一緒に楽しめる。
展示内容は、文化財としての南座、歌舞伎を盛り立てる小道具、歌舞伎の乗り物。小道具と乗り物は実際に触ったりできる。
歌舞伎に出てくる乗馬シーン。二人の人間が前足後足を担当して自在な動きを見せる馬も展示されている。これは糸瓜の繊維で肉付けするのだそうだ。実際に乗ってみると(笑)、なかなかの乗り心地だった。
歌舞伎の効果音を実際に試せるのも楽しい。蛙の声や波の音、風の音・雨の音など、いろんなものが歌舞伎を形作っているのがわかり、これから見るのが、より楽しくなりそうだ。
劇場内には物販コーナーもあり、歌舞伎グッズを見たりと、飽きることがない。が、欲張りの私は、この日、岡崎でルーベンスも見ようと企んでいたので、このあたりで切り上げて、南座を後にすることに。
あ~でも、ほんと、感動のツアーでした。