2011年11月08日
◆文楽劇場(当時:朝日座)内を走り回っていた子ども時代
文楽は子どものころから見ていた。
母と母の女学校時代からの親友であるウメさんと。
のんびりおばさん二人と多感な少女?の観劇だった。
当時文楽は、道頓堀にあった朝日座で上演。
朝日座には2階席があり、そこからは舞台のケコミの中が
覗けた。人形の脚元で足遣い(人形の脚を動かす役)【注1】が動きまわる様子、家や背景など舞台装置が設置された様子が
覗け、舞台裏を見るような楽しさがあった。
【注1】文楽は3人でひとつの人形を操る。人形の頭と右手を操る主遣い、左手遣い、そして脚遣い。3人がまさに三位一体となって人形に命を吹き込む。動きの激しいシーンなど
その見事さに魅了される。
2階から1階の席に戻ると、母やウメさんが悲しくも美しい
心中場面に涙を絞っている。ついさっき、お弁当にぱくついていたのが信じられないくらいに。 「やっぱり簑助さん【注2】はええなあ、ウメさん」「ほんまやねえ、カズちゃん」とかなんとか。そんな環境だったせいか、文楽は堅苦しいという
印象がない。特に詳しいわけでもないけれど見るのが
習い性になっていて、季節ごとの公演を見逃すとさびしい。
みんな難しく考えず、もっと気楽に見ればいいのに。
というわけで、私なりのおすすめを
綴ってみることにしました。
【注2】吉田簑助。人形遣いの人間国宝。文楽を代表する
女形。
蓑助さんの手によって命を吹き込まれた人形の
艶っぽいこと。生身の女性とは違う、不思議な色香が漂う。
◆文楽劇場は、大阪の台所『黒門市場』のすぐ近く
今、文楽を見るなら大阪は日本橋にある国立文楽劇場。
広い千日前大通りを渡れば、大阪の台所【黒門市場】もすぐ。
1月公演の初日には、黒門市場から見事な鯛が届けられ、
初文楽を寿ぐ儀式も見られます。
観劇ついでに黒門市場を覗く、といったお楽しみも。
国立文楽劇場 〒542-0073
大阪市中央区日本橋1-12-10
最寄駅堺筋線・千日前線 日本橋駅)7番出口より徒歩1分
◆恋する人を、まさに『恋の炎で焼き尽くす』なんて
最近の文楽と言えば、8月の夏季公演。
第一部では、私の大好きな『日高川入相花王』
(ひだかがわいりあいざくら)が上演されました。
実はこれ、能や歌舞伎などでも有名な『道成寺』で知られる、
安珍・清姫のお話です。
安珍への強い恋心が受け入れられないと知った清姫が
怒りのあまり大蛇に変身、寺の鐘に隠れた安珍を
鐘ごと焼き殺すというドラマチックなお話。
聞いただけで、ドキドキしますよね。
清姫さんって、積極的! 清姫さんって、すごすぎます(笑)
余談ですが、この伝説の舞台、和歌山の道成寺では、
今も安珍清姫の話を絵巻物を見せながら、
お坊様が語ってくれます。この絵巻物がすごく楽しい。
以下、土佐光重画『道成寺縁起絵巻』より。
道成寺の絵巻には、後日談もちゃんと描かれているので、
興味のある方はぜひ、足を運んで。私も2回行ってお坊様の
巻物語を聞きましたが、機会があればまた行きたいと
思うほど、魅力的です。
さて文楽の話に戻りましょう。
『日高川入相桜王』は、安珍を追い掛ける清姫が、
日高川の渡しに船を出すのを拒否され、怒りのあまり蛇体となって川を渡るという場面です。文楽では通常、この場面だけが
上演されます。
見どころは、美しい清姫の顔が、一瞬にして目を剥き、耳まで
裂けた口に牙を剥く、という場面。これは人形浄瑠璃ならではの見せ場。
『ガブ』というからくりの頭を使いますが
この『ガブ』という名前、まさにそのままです。
『ガブ』は清姫が蛇になるとき以外、山姥や鬼女に
用いられます。
いずれにしても、女性のパワーのすごさ、恐ろしさを
これでもかと見せつけてくれるので、ストーリーの悲しさ、
怖さとは別に、とても小気味いい。わくわくするので、
ガブが登場する演目は大好きです。
初めての人も、きっとガブの魅力に惹きつけられるはず。
そんな演目を見つけたら、迷わず見てみることをおすすめします。
◆好きな場面だけを1000円代で鑑賞できる!?
終わった話はこれぐらいに、
次は、いままさに上演中の秋の公演の話に。
と、そのまえに、文楽デビューを考えている人に
お得な情報を。
夏季公演では実施されませんが、通常公演では『幕見』という
システムがあります。
一部、 二部とも、それぞれいくつかの話から3~4つの場面が
上演されます。この一部・二部といったチケットの買い方とは別に
各部の好きな場面だけを選んで見ることができます。
これが一幕見、すなわち『幕見』
一部・二部のチケットのように、先に買ったり、電話予約したりといったことはできませんが、当日朝10時に文楽劇場に
行って買えればしめたもの。
本当に一幕だけなら1000円代で見られますし(通常1部ごとのチケットは5200円)、一部と二部から好きな演目を選び、
間の時間はミナミで遊ぶ、という予定の組み方も。
もちろん、「前の方のいい席」は望めず、後ろ一列の席にはなりますが「人形や太夫を至近で見たい」とさえ思わなければ、
雰囲気を味わうには十分。初めての人は、短く安く、
とにかく体験してみるのもいいですね。
◆牛若丸の恋、少年時代の弁慶にも会える!
最後に、10月29日からスタートした
秋公演をちらり。
第一部は『鬼一判法眼三略巻』(きいちほうげんさんりゃくのまき)
なんと弁慶が武蔵坊になる前の少年時代が描かれます。
そして牛若丸の恋も!もちろん、牛若・弁慶の運命の出会い、
五条橋の段もありますよ。
第二部は 重の井の子別れに涙を誘われる近松門左衛門作の
『恋女房染分手綱』(こいにょうぼうそめわけたづな)
荒木又衛門が登場する仇討話『伊賀越道中双六』(いがごえどうちゅうすごろく)能を原点とした舞踏『紅葉狩』と
盛りだくさん。
一部、もしくは二部をじっくり見るもよし、
『幕見』で、より気軽な文楽デビューもよし。
紅葉の季節に、太夫の謡う浄瑠璃も、きっと心にしみるはず。
気楽に文楽、始めてみませんか。
◆三毛猫ホームズも、文楽がお好き!?
観る前に、文楽の入門書を読んでみたいという方へ。
文楽関係者が書いたものなど、入門書も数々ありますが
1冊、手軽に楽しく読めるものとしておすすめなのが
『赤川次郎の文楽入門~人形は口ほどにものを言い~』
三毛猫ホームズシリーズで人気のミステリー作家赤川次郎氏の
著作です。
文楽を見始めて、4~5年という時期からのエッセイを
まとめたもの。歌舞伎や現代劇も引き合いに出しながら、
文楽の楽しみ、魅力をわかりやすく紹介してくれます。