遊民悠民(ゆうみんゆうみん)

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ありとあらゆる情報が溢れるいま、役に立つ情報が見つけにくい。
20代から60代までの「遊民悠民」メンバーが、「遊ぶ」「暮らす」「食べる」をテーマに
さまざまなモノを比較し、レポートしていきます。

あそぶ

漆作家の艶の美学

もっと日常的に使いたい。そんな漆器に出会った。

 

十二月、毎年楽しみにしている輪島塗の、市中佑佳氏の作品展がある。
市中氏の作品に出会うまで、漆器は、かしこまった、特別なものとして、私の生活には縁遠いものだった。市中氏の作品を見て「もっと、漆を日常的に使ってみたい」と思った。作品展には「漆なら市中氏の作品を」と、毎回顔を出すファンが多い。知人の男性によると「初めて見た時に、この漆器には色気があると思った。きっと作り手も、色気のある人に違いない」だそうだ。
そんな市中氏に、お話を伺ってみた。

魅力的な漆器が並ぶ展示会。朱の色合いもさまざまだ。

◆文政年間から七代続く、匠の血脈

「色気・・・う~ん、本人は意識していませんが、作品を見てそんな風に言われるのは、うれしいですね」苦笑する市中氏。輪島で七代続く塗師、市中屋本店の主だ。
七代?ということは、初代は江戸時代?
「文政二年という記録が残っています。嘘が真か、私は生きていなかったからわかりませんが…(笑)」
輪島の漆塗りの歴史は古く、能登半島で6800年前(なんと縄文時代!)の漆製品が発掘されているとか。江戸時代には、加賀藩は北前船で国内各地に物資を送っており、輪島塗も全国へ販路を拡大していたそうだ。
伝統の漆塗りがすたれて行った生産地もある一方で「正確な数字は把握していませんが、輪島は人口の10%が塗師や木地師。それ以上かもしれません。塗師をやってるところだけでざっと300軒はあります」(市中氏) 最近では輸出も多くなってきているとか。

◆職人さんのリレー(分業)で完成する輪島塗

塗師の方って漆にかぶれないんですか?
「だんだん、かぶれなくなるんですよ。代々の塗師は、生まれながら
そんな体質を受け継いでいる人もいます」(市中佑佳氏)

他の漆塗りと輪島塗との違いは何ですか?
「ひとつは“布着せ”。木地(木で作ったベースとなる器のカタチ)に布を貼ることで、お椀の縁など、傷つきやすい個所を補強するんです」
こうした伝統的な塗りの手法は、大量に生産される漆器などでは省略されていることが多く、堅牢で知られる輪島塗は、手作業の工程を大切に積み重ねた結果だと言える。
輪島塗の工程は非常に多く、工程ごとに専門の職人さんがいて、そうしたプロのリレーで出来上がる。市中さんのような塗師は、その最終工程でもあり、最初に平面図を描いて木地師に渡す、プロデューサーでもある。

丁寧に工程を重ねるということで、きっと時間もかかりますよね。たとえばお椀ひとつ仕上げるのに、どれくらいの時間が?
「お椀といっても、3カ月は・・・。塗って、乾かすを繰り返しますから、それなりの時間がかかります。手を抜くとあわてて着付けた舞妓みたいになります。こういう漆器はどうしても品が出ないんです」
えっ、あわてて着付けた舞妓? 美を完成させるには、各工程きちんとということですね。ユニークな例えをありがとうございます(笑)。
時間をかけ、丁寧に作られた作品の一部を見てみよう(スナップ写真ですみません)

美しいフォルムにため息が出る蓋物。雲の蒔絵も愛らしい。ギャラリーオーナーのマダムは
「お正月にはこれに鮒ずし入れてる」と・・・。素敵!

 

大胆な蒔絵の盆。飾っておくだけで存在感あり。パーティ料理に使っても。

 

ありそうでない角皿。道行も、パスタ!やオムライス!に使っています。
いつもの料理も、すごくリッチな雰囲気に。

 

小丼にもよさそうな大ぶりの椀。ギャラリーのマダムは
「芋粥に使ってる」。おいしそ~。

◆漆は裏を見て選べ

漆器の知識も造詣もない道行。この際、聞いてみよう。
漆器の選び方を、教えてください。
「やはり、作者やメーカーの歴史を知ることは大事かもしれません。
初代が頑張っても二代目三代目でつぶれてしまうことはよくあります。
三代続くってことは、それだけしっかりした何かがあるということでは?
あと、作品は手に取ってみる。そして引っくり返して裏まできちんと作り込まれているかを確認する。
漆器は鏡面ですから、塗りはな、というか艶の程の良さも大事ですね。
あまりツヤツヤしても品がない。抑えのある艶といいましょうか・・・」
艶出しは、何でするんですか?
「鹿の角の粉末で磨くんです」
鹿の角の粉? 知らなかったことが多いです。

◆剥がれてところどころ下塗りが見えるのも味のうち

漆器というとお手入れが大変そう…と言う人も多いと思いますが。
「漆器は使い込むほど味が出るものです。使って、ところどころ剥がれて下塗りが見えてくるのも値打ちですよ」
そういえば、ギャラリーのマダムが出してくれたお茶の、使いこまれた漆の茶托を、「ああ、いい感じになってきましたね」と、市中氏はいとおしむように眺めていた。
「ほんと?手入れなんか、なんにもしてないけど」(マダム)
私も見せてもらった茶托は、よそよそしくなく、たしかにいい感じだった。そうか、これでいいんですね。
「そう、使い込むほどに…。私もそんな漆のような年の重ね方をしたいと常々思っていますが、これがまた難しい…(笑)」
市中氏の漆器のように、程の良い艶のある人間に。そして使い込まれた漆のような味のある年齢の重ね方を…そう思いました。
素敵なお話を、ありがとうございました。

漆の色は蝋燭の灯りに美しくい映えると聞きましたが?
「そうですね。今なら、やはり間接照明の方がいいかな」

市中屋は、能登の輪島の朝市通りにあります。

輪島学 輪島塗の特長
http://wajimagaku.jp/wajimanuri_tokuchou.html
市中佑佳プロフィール 作品集
http://chizaibank.com/ichinaka.html
ぐい呑作家リストより
http://www5f.biglobe.ne.jp/~utagaki/guinomi/itinaka_yuukei.html

安里道行
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