2012年04月10日
京都にはユニークな博物館・美術館がたくさんありますが、京都市学校歴史博物館もそのひとつ。日本で最初に学区制小学校が作られた発祥の地に、教科書や教具、卒業生制作の美術工芸品などを集めて開館したものです。建物自体も以前の学校をそのまま利用していますので、展示内容と外観がぴったりマッチしています。
テーマがテーマですから、小学生が訪れることも多いらしく、大人向のパネル説明の他に、別途小さなハンドビラで、持ち帰り用の説明文が用意されていました。それだけでも親切なのですが、感心させられたのは、このハンドビラが、二種類用意されていたことです。一つは小学校三、四年用、今一つは五、六年の高学年用です。ターゲットを絞り込んで、ターゲットに向けたピンポイントの情報を送り分けることは、マーケティングの要諦ですが、公共施設で、きめ細かなメッセージの送り分けができていることに、まず脱帽です。
では、この二種類のメッセージは、どのように作り分けられているのでしょう?例に挙げたのは、「寺子屋の先生からの強い要請によって、学区制小学校という制度が発足した」という事実を説明するハンドビラです。実例を見てみましょう。ハンドビラのタイトルはいずれも「寺子屋の先生たち」です。
●小学校三、四年用
「むかし、まだ学校がなかったころ、こどもたちは寺子屋という家で「読み書き」を習っていました。寺子屋の先生たちは、「新しい学校を作って新しい勉強を始めないと日本は世界に遅れてしまう」と話し合い、要望書を出したりしていました。
明治2年になり、町の人々はお金を借りまでして京都府といっしょに1年間で64の新しい小学校を作りました。今から140年ほど前で、これが日本で最初の学区制小学校です。」
●小学校五、六年用
「江戸時代の終り頃、寺子屋の先生たちは、新しい勉強をするための新しい学校を建てることが大切だと何度も幕府に申し入れましたが、江戸時代には建られませんでした。
しかし、明治2年9月、京都府は新しい制度の学校を建てることを勧める通達を出しました。
町の人々はお金を借りまでして、明治2年の1年間に64の新しい小学校をったのです。
今から140年ほど前で、これが日本で最初の学区制小学校です。」
比べてみてどうでしょう。寺子屋の説明の有無、幕府・通達といった語彙など、学習の習熟度に応じた表現の違いはありますが、基本的には同じ内容です。しかし、より幼い小学校三、四年用のハンドビラの方が、印象が強く、読む人の心に響くのです。その原因は文章の前半、寺子屋の先生の「思いと行動」の件りにあります。
高学年用には、地の文で経緯が忠実に伝えられています。それはそれでわかりやすいのですが、寺子屋の先生の熱意までは伝わってきません。三、四年用はどうでしょうか。まず、寺子屋の先生の思いがカギカッコつきの会話体で伝わってきます。しかもその内容は、「このままでは日本は世界に遅れてしまう」との憂慮に満ちたものになっています。抽象的に「大切だ」と訴えるのとは思いの深さが違っています。
同じことを言っても、「○○しなかったら、●●になる。だから…」という文脈は読み手のイメージを喚起させ、気づきを誘引しやすくなります。わが身に引き比べて具体的なイメージを浮かばせる効果があるからです。コピーライティングでは、フィア・アピール(恐怖のアピール)というひとつの「型」でもあります。加えて「 」の話言葉。この場合は肉声ではありませんが、それに近い働きをしています。
三、四年向けのハンドビラの書き手は、できるだけわかるようにわかるようにとの思いから、工夫して言葉を選んだのでしょう。その結果、より具体的で、いきいきとした表現になり、語彙の豊富な高学年用より、訴求力に勝るようになったのです。
コピーライティングは子供でも分るように…、が原則です。抽象化された語彙に頼らず、「思い」を伝えることが、マーケティング・コミュニケーションの原点であることを、学校歴史博物館で改めて教わりました。