遊民悠民(ゆうみんゆうみん)

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ありとあらゆる情報が溢れるいま、役に立つ情報が見つけにくい。
20代から60代までの「遊民悠民」メンバーが、「遊ぶ」「暮らす」「食べる」をテーマに
さまざまなモノを比較し、レポートしていきます。

あそぶ

気楽に文楽⑤桜の花びらで描いた鼠に助けられ…!?

雪舟が涙で描いた鼠の伝説は有名。孫娘、雪姫もまた、描いた鼠に救われる! そんな見せ場があるのが『祇園祭礼信仰記』(ぎおんさいれいしんこうき)。大阪の国立文楽劇場の4月公演で見ることができる。

◆金閣寺、桜、滝。豪華な舞台の主役は?

『祇園祭礼信仰記』は、おなじみの秀吉が活躍する時代物。実名で舞台にするのが禁じられていたので、登場人物は、違う名前に変えられている。
たとえば羽柴秀吉こと木下藤吉郎は此下東吉(このしたとうきち)、松永弾正は松永大膳(だいぜん)。
反逆者、松永大膳が将軍の母君:慶寿院を人質に立て籠っているのが、なんと金閣寺! 派手ですね(笑)。さらに、金閣寺の天井に龍の絵を描かせようと、雪舟の孫娘である雪姫を拉致してくる。
そこへ慶寿院奪回を狙って、家来になると見せかけて入り込むのが小田信長(織田信長)の家来の此下東吉。
春は桜の金閣寺。庭には大きな滝と、見事な舞台だてに役者が揃い、戦国時代を美しく切り取った物語が展開する。

『祇園祭礼信仰記』(芳虎)。

※歌舞伎事典『祇園祭礼信仰記』
http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/edc_dic/dictionary/dic_ka/dic_ka_79.html

◆悪者!…だけどカッコイイ『国崩し』

松永大膳のモデル松永弾正は、戦国時代の三梟雄(きょゆう)のひとり。梟雄とは悪逆非道な英雄のことで、あとのふたりは、北条早雲と斎藤道三と言われる。弾正は、将軍を殺し、主家を滅ぼし、東大寺の大仏を焼き払った稀代の大悪党にして、下剋上の代名詞とされている。
スケールの大きな悪役ということで、歌舞伎では「国崩し」と呼ばれる。衣装もきらびやかで、貫禄のある、ある意味、華やかでカッコイイ役柄だ。実際の弾正も、連歌や茶道に長けた教養人であり、美丈夫であったとも伝えられている。

その大膳の人形を遣われる吉田玉女さんの楽屋におじゃまして、写真を撮らせていただいた。衣装を着けた人形は大きく、見るからに重そう…。「大悪党の大膳はゆったり構え、あまり動き回りません。遣い手には、その方が重さが響きますね。金閣寺の段では、碁を打ったり…約1時間の舞台で、出ずっぱりですから」(玉女さん)
三人遣いとはいえ、頭と右手を遣う主遣いにほとんどの重さがかかるはず。びっくりするほど太い帯、金づくめの衣装も重さを増して、大膳は大変な役だ。が、実際に舞台で拝見した玉女さんの大膳は、そんな大変さを感じさせず、動きが大きく堂々としていた。
悪人だけど、やはり魅力的だ。

楽屋での吉田玉女さん。優しく、おだやかに語られる。

 

大膳の頭(かしら)は“口あき文七”。総髪(月代を剃らずに伸ばし、後ろでまとめる髪型)・力毛(耳から太く垂らした毛)の鬘、ひだ衿の様式的衣装が印象的。

 

人形を持つと、表情も厳しく、大膳になる玉女さん。

大迫力の大膳の裏をかこうとうするのが此下東吉。大膳との囲碁に勝ち、追従しない姿勢で逆に信頼を得る。また、大膳が井戸に投げ入れた碁笥(ごけ=碁石入れ)を「手を濡らさずに取れ」との難題に、見事応えて大膳を感心させる。これが〈金閣寺の段〉。

吉田玉女(よしだ・たまめ)
1953 年、大阪府生まれ。14 歳で後の人間国宝・吉田玉男に入門。「文七」などの立役(男人形)を得意とし、次代の文楽界を牽引するリーダーの一人。
国立劇場奨励賞、文楽協会賞、因協会賞、国立劇場文楽賞文楽奨励賞、大阪府民劇場賞(奨励賞)、国立劇場文楽賞文楽優秀賞ほか、賞多数。

◆“三姫”のひとり、雪姫の官能美

続く〈爪先鼠の段〉。大悪人:大膳に桜の木に縛り付けられた雪姫。散ってきた花びらを足の指で集めて鼠を描くと、鼠は動きだして縄を食いちぎり、姫を助ける、という雪舟の伝説を踏まえた筋書きとなっている。
雪姫は、文楽や歌舞伎で三姫のひとりとされる大役。桜の木に縛られ,身もだえする姿が美しい。しかも足の指で絵を描く、など難しい役柄だ。
「美女雪姫に迫る大膳とのやりとりも見ものです。『龍を描くなら手本を』という雪姫に応え、大膳が刀を滝に翳すと、そこに龍の影が浮かび出る。そんなシーンも」玉女さんおすすめの場面では、会場からどよめきが…

雪姫(絵師:鶯斎)。大膳の刀が、殺された父が盗まれた倶利加羅丸と知り、「親の敵」と大膳に切りかかる気丈なお姫様。

大膳が滝に龍の影を浮かび上がらせるシーン、雪姫と鼠のシーンと、見せ場がいっぱいの〈爪先鼠の段〉。最後にさらにビッグな見せ場が待っている。真柴久吉(此下東吉)が慶寿院の幽閉された三階へ、一階から木に登ってかけつけるが、金閣寺自体がセリ下がる大仕掛けで、一階から三階へ、そして三階から一階へ、舞台が上下に大きく動くのだ。なんともダイナミックで楽しい仕掛けは必見!

※三姫とは?
「祇園祭礼信仰記(ぎおんさいれいしんこうき)」の雪姫
「鎌倉三代記(かまくらさんだいき)」の時姫
「本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)」の八重垣姫

此下久吉(絵師:鶯斎)。大膳の難題に応える知恵を見せ、木に登って慶寿院を助け、と大活躍。

◆十四歳の少女と三十七歳のおじさんの心中物

文楽劇場4月公演の第二部は、『祇園祭礼信仰記』ともう一本『桂川連理柵』(かつらがわれんりのしがらみ)の上演。心中の女性と言えば遊女が多い中で、今回のヒロインは、町娘。しかも十四歳。父親と言ってもおかしくない隣家の三十七歳の主人と道ならぬ仲となり、心中に追い込まれる。
恋する相手を「おじさん」と呼ぶ、おぼこさと、思い込んだら一途の激しさもヒロインお半の見せどころ。
人間国宝・吉田簑助のお半に、桐竹勘十郎の長右衛門。長右衛門のけなげな女房お絹を、人間国宝の吉田文雀。大いに笑わせる場面もあり、最後には胸詰まらせる、見応えのある舞台。私も最後はやっぱり涙してしまった。

4月公演の第二部は、華やかで胸躍る時代物と、せつない心中物の、味わいある演目構成になっている。

しなのや お半(豊国)。あわれ、十四歳で恋のために心中する。

※桂川連理柵
http://www.lares.dti.ne.jp/bunraku/guidance/top_katura.html

◆谷崎潤一郎、小出楢重、溝口健二と文楽

一階の展示室では『昭和初期の文楽』を開催中。当時のパンフレットなども数多く展示され、作家や画家が取り上げた文楽も紹介されている。
中でも溝口健二監督の映画『浪花悲歌(なにわえれじ~)』で、文楽劇場でのロケの場面がビデオ上演されているのも興味深い。
『浪花悲歌』は、初めて本格的に関西弁を取り上げた邦画だとか。
主人公の男女のたちの文楽座でのやりとりと、そこで上演されている『新版歌祭文』(しんぱんうたざいもん)のシーンがオーバーラップするような粋な演出がされている。
当時の文楽劇場を知っているという長年の文楽ファンが、懐かしそうに感想をもらす場にも出合った。

観劇の前後、合い間に、こちらの展示もぜひ、のぞきたい。

往年の劇場の入り口をイメージした展示場。

 

今回の展示は、義太夫年表昭和篇刊行にちなんで開催されている。

※溝口健二
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%9D%E5%8F%A3%E5%81%A5%E4%BA%8C
※新版歌祭文
http://www.lares.dti.ne.jp/bunraku/guidance/top_nozaki.html

今回、私が二部を拝見したのは土曜。ほぼ、満席に近い盛況で、客層は中高年が主体だが、若い男女や、一部、親子連れ(孫子連れ)も見られた。
6月には「文楽鑑賞教室」「社会人のための文楽入門」、7月の夏休み特別公演では「親子劇場」も予定されている。客層拡大への地道な試みが効果を上げているように思われ、文楽ファンとしてはうれしく、今後が、ますます楽しみだ。

国立文楽劇場四月公演は、4月30日まで。
20日より一部・二部が入れ替わり、『祇園祭礼信仰記』は午前11時からの上演となります。
http://www.ntj.jac.go.jp/bunraku.html

4月公演の美しい写真が見られます。
Sankei Photo「文楽に会う~女方~」
http://photo.sankei.jp.msn.com/kodawari/data/2011Bunraku/Bunraku11/

安里道行
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