遊民悠民(ゆうみんゆうみん)

遊民悠民(ゆうみんゆうみん)

ありとあらゆる情報が溢れるいま、役に立つ情報が見つけにくい。
20代から60代までの「遊民悠民」メンバーが、「遊ぶ」「暮らす」「食べる」をテーマに
さまざまなモノを比較し、レポートしていきます。

あそぶ

気楽に文楽① 姫が一瞬で口裂け女に!!

◆文楽劇場(当時:朝日座)内を走り回っていた子ども時代

文楽は子どものころから見ていた。
母と母の女学校時代からの親友であるウメさんと。
のんびりおばさん二人と多感な少女?の観劇だった。
当時文楽は、道頓堀にあった朝日座で上演。
朝日座には2階席があり、そこからは舞台のケコミの中が
覗けた。人形の脚元で足遣い(人形の脚を動かす役)【注1】が動きまわる様子、家や背景など舞台装置が設置された様子が
覗け、舞台裏を見るような楽しさがあった。

『艶容女舞衣(あですがたおんなまいぎぬ)』の1シーン

『艶容女舞衣(あですがたおんなまいぎぬ)』の1シーン。ウキペディアより

【注1】文楽は3人でひとつの人形を操る。人形の頭と右手を操る主遣い、左手遣い、そして脚遣い。3人がまさに三位一体となって人形に命を吹き込む。動きの激しいシーンなど
その見事さに魅了される。

2階から1階の席に戻ると、母やウメさんが悲しくも美しい
心中場面に涙を絞っている。ついさっき、お弁当にぱくついていたのが信じられないくらいに。 「やっぱり簑助さん【注2】はええなあ、ウメさん」「ほんまやねえ、カズちゃん」とかなんとか。そんな環境だったせいか、文楽は堅苦しいという
印象がない。特に詳しいわけでもないけれど見るのが
習い性になっていて、季節ごとの公演を見逃すとさびしい。
みんな難しく考えず、もっと気楽に見ればいいのに。

というわけで、私なりのおすすめを
綴ってみることにしました。

【注2】吉田簑助。人形遣いの人間国宝。文楽を代表する
女形。
蓑助さんの手によって命を吹き込まれた人形の
艶っぽいこと。生身の女性とは違う、不思議な色香が漂う。

◆文楽劇場は、大阪の台所『黒門市場』のすぐ近く

今、文楽を見るなら大阪は日本橋にある国立文楽劇場。
広い千日前大通りを渡れば、大阪の台所【黒門市場】もすぐ。
1月公演の初日には、黒門市場から見事な鯛が届けられ、
初文楽を寿ぐ儀式も見られます。
観劇ついでに黒門市場を覗く、といったお楽しみも。

国立文楽劇場 〒542-0073
大阪市中央区日本橋1-12-10
最寄駅堺筋線・千日前線 日本橋駅)7番出口より徒歩1分

◆恋する人を、まさに『恋の炎で焼き尽くす』なんて

最近の文楽と言えば、8月の夏季公演。
第一部では、私の大好きな『日高川入相花王』
(ひだかがわいりあいざくら)が上演されました。
実はこれ、能や歌舞伎などでも有名な『道成寺』で知られる、
安珍・清姫のお話です。
安珍への強い恋心が受け入れられないと知った清姫が
怒りのあまり大蛇に変身、寺の鐘に隠れた安珍を
鐘ごと焼き殺すというドラマチックなお話。
聞いただけで、ドキドキしますよね。
清姫さんって、積極的! 清姫さんって、すごすぎます(笑)

余談ですが、この伝説の舞台、和歌山の道成寺では、
今も安珍清姫の話を絵巻物を見せながら、
お坊様が語ってくれます。この絵巻物がすごく楽しい。
以下、土佐光重画『道成寺縁起絵巻』より。

怒りのあまり徐々に蛇体に変身する清姫。上半身蛇、下半身はまだ人間のこの絵、すごい!

安珍が隠れた鐘に巻き付き、炎を浴びせる蛇の清姫

安珍が隠れた鐘に巻き付き、炎を浴びせる蛇の清姫。 八方に巻かれる炎の勢い、動きが見えるよう

焼かれた鐘の中から出た、黒コゲの骨になった安珍の姿

焼かれた鐘の中から、黒コゲの骨になった安珍の姿が。 あわれ美僧のなれのはて。 この絵巻、表現がどこか漫画チックで、おどろおどろしい 話なのに、ユーモラスにも見える

道成寺の絵巻には、後日談もちゃんと描かれているので、
興味のある方はぜひ、足を運んで。私も2回行ってお坊様の
巻物語を聞きましたが、機会があればまた行きたいと
思うほど、魅力的です。

さて文楽の話に戻りましょう。
『日高川入相桜王』は、安珍を追い掛ける清姫が、
日高川の渡しに船を出すのを拒否され、怒りのあまり蛇体となって川を渡るという場面です。文楽では通常、この場面だけが
上演されます。

見どころは、美しい清姫の顔が、一瞬にして目を剥き、耳まで
裂けた口に牙を剥く、という場面。これは人形浄瑠璃ならではの見せ場。
『ガブ』というからくりの頭を使いますが
この『ガブ』という名前、まさにそのままです。

ガブというからくりの頭(かしら)。通常は、美しい女性の顔 「写真協力:国立文楽劇場」(下の写真も)

美しい顔が一瞬にして鬼女に。口が裂け、目を剥き、角が出て

『ガブ』は清姫が蛇になるとき以外、山姥や鬼女に
用いられます。
いずれにしても、女性のパワーのすごさ、恐ろしさを
これでもかと見せつけてくれるので、ストーリーの悲しさ、
怖さとは別に、とても小気味いい。わくわくするので、
ガブが登場する演目は大好きです。
初めての人も、きっとガブの魅力に惹きつけられるはず。
そんな演目を見つけたら、迷わず見てみることをおすすめします。

◆好きな場面だけを1000円代で鑑賞できる!?

終わった話はこれぐらいに、
次は、いままさに上演中の秋の公演の話に。

と、そのまえに、文楽デビューを考えている人に
お得な情報を。
夏季公演では実施されませんが、通常公演では『幕見』という
システムがあります。
一部、 二部とも、それぞれいくつかの話から3~4つの場面が
上演されます。この一部・二部といったチケットの買い方とは別に
各部の好きな場面だけを選んで見ることができます。
これが一幕見、すなわち『幕見』

一部・二部のチケットのように、先に買ったり、電話予約したりといったことはできませんが、当日朝10時に文楽劇場に
行って買えればしめたもの。
本当に一幕だけなら1000円代で見られますし(通常1部ごとのチケットは5200円)、一部と二部から好きな演目を選び、
間の時間はミナミで遊ぶ、という予定の組み方も。
もちろん、「前の方のいい席」は望めず、後ろ一列の席にはなりますが「人形や太夫を至近で見たい」とさえ思わなければ、
雰囲気を味わうには十分。初めての人は、短く安く、
とにかく体験してみるのもいいですね。

◆牛若丸の恋、少年時代の弁慶にも会える!

最後に、10月29日からスタートした
秋公演をちらり。
第一部は『鬼一判法眼三略巻』(きいちほうげんさんりゃくのまき)
なんと弁慶が武蔵坊になる前の少年時代が描かれます。
そして牛若丸の恋も!もちろん、牛若・弁慶の運命の出会い、
五条橋の段もありますよ。

第二部は 重の井の子別れに涙を誘われる近松門左衛門作の
『恋女房染分手綱』(こいにょうぼうそめわけたづな)
荒木又衛門が登場する仇討話『伊賀越道中双六』(いがごえどうちゅうすごろく)能を原点とした舞踏『紅葉狩』と
盛りだくさん。

文楽の今年の秋の公演ポスター

文楽 今年の秋の公演ポスター

一部、もしくは二部をじっくり見るもよし、
『幕見』で、より気軽な文楽デビューもよし。
紅葉の季節に、太夫の謡う浄瑠璃も、きっと心にしみるはず。
気楽に文楽、始めてみませんか。

◆三毛猫ホームズも、文楽がお好き!?

観る前に、文楽の入門書を読んでみたいという方へ。
文楽関係者が書いたものなど、入門書も数々ありますが
1冊、手軽に楽しく読めるものとしておすすめなのが
『赤川次郎の文楽入門~人形は口ほどにものを言い~』
三毛猫ホームズシリーズで人気のミステリー作家赤川次郎氏の
著作です。
文楽を見始めて、4~5年という時期からのエッセイを
まとめたもの。歌舞伎や現代劇も引き合いに出しながら、
文楽の楽しみ、魅力をわかりやすく紹介してくれます。

安里道行
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