遊民悠民(ゆうみんゆうみん)

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ありとあらゆる情報が溢れるいま、役に立つ情報が見つけにくい。
20代から60代までの「遊民悠民」メンバーが、「遊ぶ」「暮らす」「食べる」をテーマに
さまざまなモノを比較し、レポートしていきます。

あそぶ

気楽に文楽⑨狐の霊力で恋人の元へ『本朝廿四孝』

初文楽は華々しく? 1部・2部ともに血沸き肉躍るケレンものを1幕づつ幕見した。文楽劇場では、最近、幟を立てて幕見をPRしているが、まだまだ知らない人も多い。先日、ある店で若い女性店員が「毎年ひとつは、新しいことを体験したい。歌舞伎・文楽デビューをしてみたいのだが」というので、幕見システム(見たい幕だけ選んで鑑賞できる。時間も短く、その分安い価格で見られるので初心者にも利用しやすい)を紹介して、大変喜ばれた。
ついでに「今、サライが『文楽・歌舞伎鑑賞』の号出してるよ」の情報も。早速買う!と勇んでいた彼女の観劇デビューの年になりますように!

◆ヒーローの鬼退治! 勧善懲悪にて寿ぐ!

第一部(11時開演)からは、『増補大江山』戻り橋の段を選択。大江山と言えば酒呑童子の伝説が有名だ。京の都を荒らす鬼の頭目酒呑童子を源頼光と、その家来の四天王で退治したという武勇伝。その四天王のひとりである源綱(みなもとのつな)が今回の主人公。
舞台は深夜の“一条戻り橋”。場所からして怪しい始まりだ。綱の前に若い娘がひとり。 不用心なので家に送り届けようと申し出る綱。川に映った異形の姿に女を怪しみ、踊りを所望したり、わざと恋をしかけてみたり。
ついには頼光より賜った名刀“髭切丸”をかざし,「本性現せ」と迫る。すると若い美女は悪鬼の姿に変わり、自分は「愛宕山に棲む鬼」と名乗って綱を連れ去ろうとする。争いの後、綱が鬼の腕を切り落とし、鬼は空へと去っていくというストーリーだ。

四天王の3人が描かれた国芳の絵。左が綱、右が酒田公時。周囲の変化(へんげ)たちを気にも留めず、碁に興じる豪傑ぶり。

 

鬼と戦う源綱。鬼の腕をつかんで髭切丸をいままさに抜こうとしているところか。これも国芳作。

綱と悪鬼の戦いには雷鳴轟き、舞台転換で、橋の上のシーンから、最後は雲の上の鬼と、追う屋根の上の綱というダイナミックな構図で終わる。鬼を使う豊松清十郎さんごと宙吊りとなるケレン芝居。悪鬼を空へ追い払う豪傑というお正月にふさわしい演目に心躍る幕切れだ。

◆鬼の正体!?もとはモテモテのイケメン

鬼など異形の物が登場する物語はドラマティックで大好きだ。綱に腕を切られた鬼は、大江山の鬼退治の際、一度、綱と相対するも、その際は逃げ延びた茨木童子だという話もあるそうだ。因縁の対決?
切られた鬼の腕には後日談もあり、綱は「鬼が取り返しに来るから七日七晩物忌を」と安倍清明(あべのせいめい)から言われるが、七日目に叔母に化けた鬼を家に入れてしまい、腕を取り返されてしまうのだ。綱と鬼の知恵比べ、力比べはまだまだ続く?

取り返した腕を抱えて逃げる老婆(鬼)。月岡芳年の作。

悪役の鬼だが、鬼にも鬼の物語がある。大江山で退治された酒呑童子も、逃げたとされる茨木童子も、もとは見目麗しい美男子だったとか。
酒呑童子などは、女性からの恋文を山と溜めて見向きもせず、一度に焼いて処分しようとしたところ、女たちの恨みで鬼に変じたという女難エピソードの持ち主だ。
そんな鬼伝説の大江山には『日本の鬼の交流博物館』がある。鬼好き?の私は、同好の友人と、ずいぶん以前に訪れたことがある。「日本・世界の鬼のことがわかる」と銘打った博物館には、大江山伝説の解説はもちろん、興味深い展示があった。企画展のテーマ歴を見ると「ウルトラマンとモンスター」「妖精」「水木しげるの描く鬼」と幅広い。鬼の解釈にもいろいろありそうだ。
角を立てた鬼の形の建物外観もかわいらしい。また機会があれば訪れてみたいと思っている。

日本の鬼の交流博物館
http://www.city.fukuchiyama.kyoto.jp/onihaku/index.html

ところでイケメンは鬼だけではない。今回の主人公、渡辺綱も美男で有名だったという。なにせ、綱の先祖である源融は光源氏の実在モデルだという極め付きの美男の血筋。こうした歴史や伝説に思いを馳せると、舞台がますます楽しくなってくる。
渡辺綱が水軍の祖でもあるという、これまたわくわくする歴史のエピソードが、電子絵巻で読めるサイトを紹介しておこう。

八軒家マガジン「津の国物語 渡辺の津 水軍の祖渡辺津は鬼退治で有名な頼光四天王のひとり」
http://www.hachikenya.org/main/index.html#/10021

◆恋ゆえ、人は渡れぬ氷の湖をゆく姫

さて第二部から選んだのは『本朝廿四孝』(ほんちょうにじゅうしこう)の十種香の段/奥狐火の段。これまた私の大好きな狐が登場する、ケレンの見せ場もある演目だ。
武田家の家宝“諏訪法性の兜”(すわほっしょうのかぶと)を謙信が返さないことから両家が仲違い。兜を奪い返さんと素性を偽って謙信のもとに乗り込む武田勝頼。知らぬふりで勝頼を使いに出し、追手を差し向けて亡き者にしようとする謙信。その娘八重垣姫は、勝頼への恋ゆえに、勝頼に追手を知らせ助けたいと願う。
が、女の足では勝頼にも追手にも追いつけない。諏訪湖を船でと考えるが凍っていて、渡し船も通れない。
神仏に頼ろうと諏訪法性の兜を拝めば、兜を守護する白狐の霊力が姫に乗り移り、人は渡れない凍った湖を、無事に勝頼の元へ渡ることができたという物語だ。冬の諏訪湖には、凍った湖に氷の盛り上がりが走る現象“御神渡り”があり諏訪明神の男神が女神の元へ行く道だとする伝説がある。この伝説を下敷きにした八重垣姫の物語だともいえる。
八重垣姫は、『鎌倉三代記』の時姫、『祇園祭礼記』の雪姫と並ぶ、三姫のひとり。このお姫様たちは赤の打掛姿がトレードマークで通称“赤姫”とも呼ばれ、いずれも物語の重要な役を担う。

チラシにも兜を抱いた八重垣姫が赤の打掛姿で。

◆八重垣姫、後姿の色気と狐憑の激情

十種香の段で八重垣姫を遣うのは人間国宝の吉田簑助さん。許嫁の勝頼の絵姿を眺めて暮らす姫の後姿から始まる。ずっと後ろ向きのまま演技をするのは生身の役者でも難しいだろうに、人形となれば、さらに。
簑助さんは著書『頭巾かぶって五十年。文楽に生きて』でこのシーンに触れている。「背中で深窓のお姫さまの気品ある色気を示すのは神経を使います。加えて勝頼をしのぶ思いも表現しなければなりません」
遊女のように体を思い切り傾けて襟足を見せる、そんな表現もできないというわけだ。
たしかに舞台の八重垣姫の後姿は、派手な動きはないけれど、しみじみとした情が感じられた。それが勝頼そっくりの簑作(実は勝頼)を見てからは、止めて止まらぬ恋心が溢れだす。腰元の濡衣に、簑作との仲を今すぐ取り持ってくれと願う積極性。お姫様は進んでる!

勝頼の絵姿を見る八重垣姫。豊原国周作。

奥狐火の段で八重垣姫を遣うのは、桐竹勘十郎さん。恋しい勝頼の元に駆けつける方法がないと悩む八重垣姫は身もだえする。
「翅(つばさ)が欲しい、羽が欲しい、飛んで行きたい、知らせたい、逢いたい見たい」の夫を恋うる名台詞。
手に取った兜に狐が宿ると知った途端、自ら狐の霊力を得、白地に狐火の衣装に早変わり! 人形と同時に遣い手の勘十郎さんの衣装も一瞬で変わる。そして、狐が憑いてからは、お姫様の静と打って変わって、劇場を全身で表現し、舞台狭しと動き回る。前半の押さえた上品な色気と後半の激しさの対比も八重垣姫の魅力だろう。
最後は守護の狐に囲まれ、兜を掲げた決めポーズで幕。拍手が一層高まる瞬間だ。

兜を手にした八重垣姫。背景には狐火。豊原国周作。

国芳の木曽街道六十九次にも八重垣姫。

文楽初春公演は1月25日まで。14日から1部と2部の時間が入れ替わっている。幕見で、お正月気分の名残を味わってはどうだろう。


国立文楽劇場
http://www.ntj.jac.go.jp/bunraku.html

安里道行
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