2013年02月28日
今回登るのは、東山三十六峰の最南峰、第三十六峰「稲荷山」。京都市街の南東、伏見区に位置し、標高は233m。
「稲荷山」は全国に30,000社あるといわれる「お稲荷さん」の総本宮、伏見稲荷大社の背後にある信仰の山である。
伏見稲荷大社では、稲荷大神が稲荷山の三ヶ峰に初めてご鎮座になった和銅4年2月の初午の日をしのび、毎年、初めての「午(うま)の日」に「初午(はつうま)大祭」が行われる。その日にお参りすると福を授かるということから「福詣(まいり)」と言われ、大勢の参拝客で賑わう。
一番、寒さの厳しい時期ではあるが、今年は2月12日が初午(はつうま)の日。2月12日、午後から「福詣」も兼ねて第三十六峰「稲荷山」を目指す。
京阪電車で伏見稲荷駅へ。車中から「福詣」にゆく人々で賑わっている。駅に降りれば赤く塗られた柱に狐の絵、構内はすでにお稲荷さんの一部の雰囲気。
改札をでれば、すぐに稲荷大社の脇参道(神幸道)。車道に溢れたお参りの人で車が立ち往生している。
冬の停水で底が見える程になった疎水(鴨川運河)を渡るとすぐに赤い鳥居が。参道脇の店頭には名物「雀の焼き鳥」。この日、雀は札のみで、うずらの焼き鳥が並んでいた。俊成の名歌に詠まれた、深草のうずらも現世の利欲で、あわれ、姿焼きである。もちろん、いなり寿司、いなりうどんも欠かせない。
短い脇参道を抜けると立派な朱塗りの楼門が現れる。この建物は豊臣秀吉が母大政所殿の病悩平癒祈願のため、天正17年(1589年)に造営。祈願が成就すれば、さらに一万石奉加すると約束した “命乞いの願文”と呼ばれる文書が伝来している。この楼門に真っ直ぐ続く道が表参道。一の鳥居、二の鳥居はこの表参道に立つ。
ここから稲荷山の頂上まで、鳥居と狐の連続である。
お稲荷さんと狐のご縁は本宮のホームページに詳しい。『「稲荷大神様」のお使い(眷族、けんぞく)はきつねとされています。但し野山に居る狐ではなく、眷属様も大神様同様に我々の目には見えません。そのため白(透明)狐=“びゃっこさん”といってあがめます。勿論「稲荷大神様」はきつねではありません』
また「狐と眷属」の項では更に
『おいなりさんというと、だれもが反射的に思い浮かべるのは狐でしょう。我が国の神社では、たとえば伊勢神宮の鶏、春日大社の鹿、日吉大社の猿、八幡宮の鳩というふうに、それぞれ固有の動物が神の使いとして尊ばれています。しかし、お稲荷さんの狐は、単なる神使ではなく、眷属(けんぞく)といって神様の一族のような資格を与えられており、そのため狐は稲荷神そのものだという誤解も一部の人にもたれています。
お稲荷さんと狐がこのような親密な関係をもつに至った由来については、いくつかの説があります。そのなかで一番よく耳にするのが、稲荷の神が「食物の神」つまり御饌神(みけつかみ)なので、その「みけつ」がいつか御狐(おけつね)・三狐(みけつね)に転じたことによるという説でしょう。あるいは、稲荷神がのちに密教の荼枳尼天と本迹関係を結んだことを重視し、がそのまま稲荷神の眷属とされたのだという説も一般に流布しています』(いずれも伏見稲荷大社ホームページより)
楼門をくぐると本殿との間に外拝殿があり、そこには酒(伏見は有名な酒造地)、食品、鮮魚、蔬菜がうず高く奉納されている。これは稲荷の神が「食物の神」つまり御饌神(みけつかみ)なので今も酒造会社、生鮮市場など「飲食」にかかわる人々から厚い信仰を受けている現れであろう。
外拝殿を背に本殿に参拝。本殿の中へは長い列ができていたので、外側から手を打つ。この歳になると、お願いすることが増えるが、お稲荷さんの神威は広大無辺であるから「ええ加減にせんかい」「その賽銭ではちと厚かましい」などとはいわれない。
本殿裏手から更に奥に進むと「権殿」「神馬舎」「斎宮」「奥宮」を経て、有名な「千本鳥居」の入り口に。
ここからずっと隙間まく立てられた鳥居の下を進むことになる。「奥宮」から「奥社奉拝所」までは道が「複線」になっている。どちらが上り、下りの区別はない。参拝者は思い思いに登ってゆく。この千本鳥居を含め、境内、お山をあわせ、人が通れる鳥居は3,800本以上あるという。
鳥居の下を歩く若い人、中でもカップルが多い。神社仏閣といえば高齢者が多いのだがここは別のようだ。外人観光客も目に付く。京都を訪れる外人観光客の間ではこの伏見稲荷が一番人気だと聞く。理由はビジュアルインパクト。言葉、歴史がわからなくとも色、数に圧倒される。それともう一つのポイントは「拝観料」がいらないことだという。
千本鳥居の区間はそれほど長くない。程なく「奥社奉拝所」に到着。お守りを求めたり、絵馬に願いを記す人などで賑わっている。ここが「お山めぐり」の入り口となる。
広場の左側から、まず「四の辻」を目指す。そこから道はふた手に分かれるが、山頂にある「上之社」まで合流する。つまり、「四の辻」を下端、山頂を上端とする周回コースである。「お山めぐり」と呼ばれるのはそのことによる。
古くは「枕草子」のなかで『“私は今日7度参りをするつもりです。もう3回巡りましたからあと4回くらいは何でもありませんよ”』と聞いた清少納言がその健脚を羨むという場面がある。
「四の辻」までもやはり、ずっと鳥居の下をくぐってゆくことになる。ただ、周りは山中に分け入った感じがしてくる。石段の勾配もきつくなる。雨上がりなどは足元に注意が必要だ。実際、途中で転んだ方だろう、顔から血を出して周りの方が手当をしているのを見かけた。
急な石段を登ると、最初のお社「熊鷹社」。大きな和ろうそくがたくさん供えられ、参拝者がじっと祈願されている。この社の裏には「こだまの池」(新池)という池があり、家出人や失跡者を探している人がここで手を打ち、こだまが返ってくる方向を探すと必ず尋ねている人が見つかると言われている。
更に進むと「三の辻」。そこを右に鳥居の石段を進むと少し平坦なところに出て、「三徳社」の小さなお社が立つ。三徳」とはキツネがもつとされる三徳(智・仁・勇)にちなむものだという。「向かいには茶店があり、軽い食事も出してくれる。
食べ物だけではなく、お供え用の和ろうそく、お守り類、さらに奉納用の鳥居(いろいろな大きさがある)の取次ぎもしてくれる。こういう茶店が参道沿いにいくつかあり、休み、休みのんびりとめぐることもできる。
信仰の「お山」 第三十六峰 稲荷山(その二)へ続く