2012年05月01日
高歌放吟、いまやなく
三角点の東側には有名な『紅もゆる』の大きな石碑が建つ。旧制第三高等学校の逍遥歌「『紅もゆる』を記念して建てられた。
作詞 澤村胡夷(1884-1930) 作曲 K.Y.
一番から十一番まである
(一番)
紅もゆる丘の花
早緑匂ふ岸の色
都の花に嘯けば
月こそかゝれ吉田山
(十一番・最後)
見よ洛陽の花霞
櫻の下の男の子等が
今逍遙に月白く
静かに照れり吉田山
この歌は「嗚呼玉杯に花うけて(一高)」「都ぞ弥生(北大予科)」とともに旧制高校の寮歌としてよく知られているが、タイトルとなってしまっている「紅もゆる」の「紅」は何の花か、私も以前から疑問におもっていた。
実際に登ってみると、吉田山に「紅」の花はないし、あったとしても似合わない。桜の色を紅とは言わないであろう。紅枝垂というのもあるが、「丘の花」としてはふさわしくない。碑のそばを見回すと山躑躅が1本咲いている。これは多分、碑を建立したときに植えられたものではなかろうか。
調べてみると、東京音楽大准教授の下道郁子さんという方が「ところで『紅にもえる』のは、何の花なのでしょうか。万葉集や杜甫の詩から論じられ、桃、山躑躅(つつじ)、山桜などがあがっています。また昭和23年の生物の試験に『紅もゆる』の第一節を示して『植物学的に説明せよ』との出題があったそうです。正解は不明ですが、柔軟な発想や思考力が求められた設問で、三高の教養教育の一端が伺われます」と書いておられる。
ようは、わからない。作者のイメージからでた言葉なのであろう。
吉田山は吉田神社の山であると同時に京都大学の山でもある。吉田神社の表参道に当たる東一条通に面して大学を象徴する時計台が立っている。
吉田山に迫る西側のほとんどは京都大学のキャンパス。そのあたりに住んでいる学生も多い。かつて学生たちは飲んでは「『紅もゆる』を歌い、『紅もゆる』を歌っては飲み、ときに夜間、山を徘徊したという。最近の学生はすっかりおとなしくなった。その上、明治は遠くなり、京都大学生のほとんどが「『紅もゆる』を歌わない、歌えない(若い卒業生に確かめると、そうらしい)。もったいないような気もするが、吉田山や哲学の道を「逍遥」することなどもないのであろう…。
余談だが、吉田神社に京都大学の合格祈願をすると「落ちる」という都市伝説があるらしい。
風雅な森のカフェでひとときを
その碑を右に見ながらさらに北に進むと右に脇道を入ると「茂庵」というカフェがある。
大正時代に谷川茂次郎という事業家が吉田山の山頂に茶室、月見台、楼閣などを持つ、広大な森の茶苑を築いた。
茂庵はその食堂棟をカフェにしたもの。
『市中の山居』を目指して作られた茶室や木造の建物は森の風情によくマッチして、なんとも言えない落ち着きを感じる(茶席二棟もあり、毎月、茶席も催されている)。
いまではすっかり有名になり、天気の良い日はかなりの時間、待つ覚悟が必要。でも、一度はぜひ訪れることをおすすめする。
「茂庵」へは神楽岡通(東側)の案内看板のところから登るルートも。途中には大正時代に建てられた胴葺き屋根の「神楽岡住宅」がある。これも、先の谷川谷川茂次郎が大正時代に賃貸住宅として建てたもの。階段、細い路地、杉板の壁など独特の雰囲気を作り出している。
「茂庵」の前で右(北)に進めば、北遊歩道を経て、今出川通へ。左(南)に戻って、先ほどの公園を直進すると、車道にでる。そこを左に折れると「竹中稲荷」と「宗忠神社」が向い合って位置している。竹中稲荷は吉田神社の摂社の一つ。お稲荷さんにつきものの赤い鳥居が並んでいる。春には鳥居と鳥居の間に桜が咲き乱れ、隠れた花見の名所となっている。
宗忠神社は黒住教の教祖である黒住宗忠を祀る神社。江戸時代の最末期の文久2年(1862)、時の帝、孝明天皇から「宗忠大明神」の神号を賜り、吉田神社からその東南の高台を提供されて吉田山の南端に宗忠神社として鎮座したものである。この神社も参道石段脇の桜が美しい。
吉田神社、竹中稲荷はじめ多くの摂社、そして宗忠神社と、「神楽岡」の名にふさわしく、吉田山は神々のお住まいする山なのである。
最後に脇参道を下って、京都大学の手前の角にある「重森三玲庭園美術館」をご紹介しよう。かつての吉田神社の社家屋敷を作庭家の重森三玲が譲り受け、自ら庭と茶室を作った。
そこを個人美術館として公開している。重森三玲の作る庭は、石組みを中心とした極めて理知的な『枯山水』。疎水の『水』を活かした明治時代の名作庭家「植治」こと七代目小川治兵衞とは対照的な庭作りである。その理知的な面に共鳴したのが禅宗のお寺であり、神社であった。東福寺龍吟庵、方丈庭園 西庭、松尾大社 松風苑 蓬莱の庭などが代表作とされる(個人邸宅の多数、庭も手がけているが)。
行ってすぐに見ることが出来ない美術館(要予約)だが、一見の価値はある。
次に登るのは『神さま』ではなく、『仏さま』のいます第十三峰「紫雲山」である。
吉田山のやや南東にあたる。