遊民悠民(ゆうみんゆうみん)

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ありとあらゆる情報が溢れるいま、役に立つ情報が見つけにくい。
20代から60代までの「遊民悠民」メンバーが、「遊ぶ」「暮らす」「食べる」をテーマに
さまざまなモノを比較し、レポートしていきます。

あそぶ

気楽に文楽② 静御前のお供は狐だった!?

◆初文楽は人気狂言『義経千本桜』。その主役とは?

判官贔屓の言葉が生まれたほど、九郎判官義経は日本人の大好きなヒーロー。その義経伝説を素材にした人気狂言『義経千本桜』が、大阪国立文楽劇場の初春公演(1月)で上演されます。

上演されるのは四段目。『道行初音旅』(みちゆきはつねのたび)と『河連法眼館の段』(かわつらほうげんやかたのだん)。ここで活躍するのは義経というより、その家来の四天王の一人と言われた佐藤忠信。
…と言いたいところですが、実は佐藤忠信に化けた狐なのです。
えっ、武士に化けた狐が主役!? どうですか、俄然見たくなりませんか?

桜の蔭より現れる白狐

◆「ひとめ千本」桜の吉野山で、踊る美男美女

義経を慕い、吉野山へ旅する白拍子、静御前。供をする佐藤忠信。
『道行初音旅』では、桜満開の美しい舞台で、二体の人形が艶やかに舞います。
道行といえば『曽根崎心中』の『道行名残の橋尽くし』など、心中の場へと急ぐ男女の逃避行的なイメージが強いですが、吉野山の道行は恋する義経を訪ねての静御前の思いを描いたような、明るく美しい一幕です。

実はこの演目、私こと道行の名前の由来でもあります。「俳号なんにしよう?」と考えたとき、文楽の『道行初音旅』が大好きだった私は、男っぽい句の時は“道行”、女性的な句のときは“初音”を名乗ることに。すぐに初音は消え、道行が俳号として定着したのでした(笑)。
話がそれましたが、『道行初音旅』は二体の人形の息の合った舞いに心が躍ります。佐藤忠信がりりしい男ぶりで舞いながら、ときどき狐らしい性を見せるのも見どころです。

幕の最初で忠信とはぐれた静御前が、義経から預かった“初音の鼓”を打つと、たちまち忠信が現れる、といったシーンに謎が隠されています。

静御前に用いる美しい「娘」のかしら。口に針が打たれている。これに袖口や手拭を引掛けて、口にくわえて泣いている仕草を見せる。
(古典芸能入門シリーズⅢ「文楽のかしら」/独立行政法人日本芸術文化振興会刊)

◆静の打つ鼓は、忠信狐の親だった!!

つづく『河連法眼館の段』。河連法眼の館に滞在する義経のところに佐藤忠信が訪れます。義経が静御前の消息を尋ねても「知らない」という忠信。そこへ佐藤忠信を伴って静御前が到着したという知らせ。
「これは奇っ怪」と、義経は静御前に忠信の正体を突き止めさせることに。

実は、偽の佐藤忠信の正体は狐。静御前が手にする鼓は、偽忠信の親狐(両親)の皮で作られていたのです。鼓を慕う子狐が、そばにいたいばかりに忠信に化け、静御前の御供をしてきたというわけです。
親を慕う子狐の語りに、見るたび、ほろりと泣かされます。
「私は狐でござります」と告白する瞬間、忠信の人形は白狐の姿に早変わり。すごいのは、忠信を操る人形遣いも一瞬で、真っ白な紋付き袴に衣装替え。会場が沸く瞬間です。

歌舞伎でも人気の「義経千本桜」。静御前に詰め寄られ、狐の正体を現す忠信は、毛足の長い衣装に変わります。不思議な手つきが人でないことを表現。初代:歌川豊国による「義経千本桜」の浮世絵。

◆人形遣いごと宙を舞う。けれん味たっぷりの舞台

「本物の忠信に迷惑をかけた」と親狐(鼓)に叱られた子狐は、後ろ髪引かれながら館を去ることに。すると子狐との別れを悲しんでか、鼓は打っても音を立てなくなります。親子狐の情愛に心を打たれる義経。
この場面では、毎回抑えようもなく、泣いてしまいます。
義経が鼓を与えようと叫ぶと、たちまち姿を現す白狐。うれしさに躍りまわり、最後は天へ。狐の人形だけでなく、人形遣いも共に宙吊りとなり、最後まで喜ぶ狐を演じつつ、消えていくのです。

義経と静御前の見送りを後に、初音の鼓を咥え、宙吊りで去っていく狐。絵は国芳筆。この時代も、宙吊りしていたんですね。 

忠信人形の狐ぶり(人の姿ながら、人と思えぬあやしいそぶりを見せる)、
狐の人形への変身、宙吊りまであるけれん味【注1】たっぷりの舞台は、文楽を初めて見る人も楽しめるはず。何人かに紹介して、いつも喜んでいただいています。また、上演ごとに見せ方も工夫されるので、何度も見る人向けの楽しみも(例えば、鼓から狐の顔が出る、といった演出がされたことも)。
新春にふさわしい極上のエンターテイメントとしてお勧めします。

【注1】「けれん」とは…宙乗りや早変わりなど、大がかりで奇抜な歌舞伎の演出をさす。文楽でもこうした「けれん」がいろいろ工夫され、見どころの一つになっています。

◆七福神に会える!観音様に会える?

『義経千本桜』のほかにも、新春らしいめでたい演目が揃っています。
たとえば『七福神宝の入舩』(しちふくじんたからのいりふね)。文字通り七福神と宝船が登場するめでたさ。『壺坂観音霊験記』(つぼさかかんのんれいげんき)は、互いを思い合う夫婦が谷底に身を投げる。日ごろの信心が届き、観音に命を救われるという壺坂寺【注2】に伝わるお話。
生き返っただけでなく、目が見えなかった夫の沢市の目も見えるようになるという、ありがたさ、めでたさ。
心あたたまる話で、新春を寿ぐ気分にぴったりです。

七福神の一人、福禄寿

 

福禄寿の長い頭が伸び縮み。提灯のアイデアを取り入れた特殊なかしらです。(古典芸能入門シリーズⅢ「文楽のかしら」/独立行政法人日本芸術文化振興会刊) 

【注2】「壺坂寺」とは・・・大和三山奈良盆地を一望におさめる壷阪の山に建つ。昔から眼の不自由な人々にとっての聖地として厚い信仰と、深い願いがこめられ、全国各地から訪れる人が絶えません。
夫婦愛で有名な『お里沢市』の話を伝え、今年は「沢市開眼350年」の記念の年に当たるそうです。
http://www.tsubosaka1300.or.jp/

◆鏡開き、撒き手拭い…初文楽には、福がいっぱい

文楽新春公演には、お正月らしいイベントも。1月3日の初日の開幕前には人形による鏡開きが行われ、お客様に樽酒がふるまわれます。3日から10日の公演の幕間には、撒き手拭いも。見事ゲットすると、その年はきっといいことがある気になります。
さらに10日には、「十日戎」を寿ぎ、劇場でも枡酒が振るまわれます。
文楽で、新たな年をスタートするのも、いいものですよ。

文楽劇場前で行われる鏡開き。三番叟の人形がお酒をふるまってくれる。(2011年1月3日)
「国立文楽劇場提供」

 

十日戎の、重要無形文化財保持者六人衆による鏡割。(2011年1月10日)
「国立文楽劇場提供」

 

新春公演は1月3日から24日まで

http://www.ntj.jac.go.jp/bunraku.html
気楽に文楽(ここまで第2回)

安里道行
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